貝殻から作られる昔ながらの顔料

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胡粉の由来

白色顔料としての胡粉は、歴史的にどう始まったかという定義づけが困難だそうですが、古代に様々な顔料とともに中国から輸入されたものです。元々は、おそらく中近東のペルシャ(現在のイラン)を指す【胡】の国からやってきて、シルクロードを経由して運ばれてきたとされています。

ただし現在のように貝殻から作られた粉ではなく、奈良時代において胡粉といえば「鉛白」を指していました。鉛白は世界的にも白い絵具として主流で(他には石灰や白亜など)、日本においては価格の問題や、高い湿度のため黒変するといった理由で、鉛白から次第に牡蠣の殻に代わっていき、平安時代後期からようやく、貝の粉を胡粉と呼ぶようになったようです。

余談ですが、「胡椒(コショウ)」「胡瓜(キュウリ)」「胡麻(ゴマ)」「胡桃(クルミ)」など 日本ではおなじみのこれらの物にも【胡】という漢字が入っています。西方から中国へ ―【胡】の国からシルクロードを通りやって来た物だから、とされています。【古 + 月】と書くように、字面や意味として、なんともロマンチックな漢字といえるのではないでしょうか。

胡粉は貝殻を焼いてつくるものではない

ある資料に、胡粉は貝殻を焼いて作ったものと書かれていますがこれは間違いです。貝を焼くと「貝灰」になり、石灰のようなものなので、これは胡粉とは全然違うものです。また、ハマグリの殻をつかった胡粉や、いわゆる養殖の牡蠣をつかったものもありますが、石粉のようになる、殻が薄い、などで、天然のものと比べても色に劣るとされます。

胡粉の流通

宇治の立地・産業を支える水車

宇治市域には、明治40年時点で少なくとも10基もの加工用水車があり、莵道(とどう)、志津川・笠取川・宇治川の合流地点などに分布されていました。ここでいう加工用水車とは、農家の精米麦に使われる小規模な水車タイプ、そして金粉や胡粉・針金製造といった商品加工に関わる水車工業の意味です。水車は蒸気機関や電力などの近代的動力が普及していなかった明治10年代以前においては、加工動力の主役でした。
また、原料をいかに流通できるルートがあるかも重要です。淀川・宇治川が、大阪から莵道丸山の浜で陸揚げされるまでの水上交通として使われていたこと、この地区が水車を架設するのに適した谷筋だったこと、胡粉の製造には清澄で潤沢な水が必要だったこと、これら宇治の地区の立地条件の良さが、産業を支えていたと言えます。

胡粉の特徴

艶やかでしっとりとした
独特の白

白胡粉は、金属を使った白色よりもやわらく温かみのある色合いだという声を聞きます。その独特の白色は、絵画だけでなく、様々なものに使われて来ました。例えばひな人形、博多人形、伏見人形の白色は、胡粉を膠で溶いたものを塗っています。作業工程は様々ですが、独特の艶を出すのに幾度も胡粉を塗り重ね(重ねるだけでなく胡粉の種類も変えていると聞きます)、磨き、仕上げていきます。 また郷土玩具と呼ばれ親しまれている、虎・猿といった動物の人形などは張り子(竹や木、粘土などで作った枠に紙を貼り付けて成形する)の上から胡粉を塗り重ねています。日本画の白色としてだけではなく、私たちが普段あまり意識せずとも見たことがある、馴染みある白といえると思います。

胡粉は牡蠣の
貝殻でできている

ナカガワ胡粉絵具の胡粉は一貫して天然のイタボ牡蠣の貝殻を原料としています。瀬戸内海天然産で、養殖の牡蠣と比べて貝殻も大きく厚みがあり、胡粉には最良の原料です。しかし海の汚染や収穫の際にかかる経費や人手で採算が合わず、現在では原料の入荷は皆無です。他の牡蠣・マガキや岩牡蠣などでは、イタボ牡蠣ほどの上質の胡粉はできません。 ちなみにイタボ牡蠣は食べると渋みがある、とのことですが。

左が蓋、右が身の殻

胡粉の製造工程

  • 01

    いたぼがきを風化させる

  • 02

    シェーキングスクリーンで
    ふるいにかける

  • 03

    貝車で攪拌して
    殻に付着したゴミを除去する

  • 04

    人の目で選別する

  • 05

    ハンマーミルで粗砕

  • 06

    スタンプミル(胴尖)で、
    砕いた殻をさらに細かく粉砕

  • 07

    バイブレーションスクリーンに通して
    より粒子の細かいものに振り分け

  • 08

    甑(こしき)の中を攪拌させながら
    石臼で細かく湿式粉砕

  • 09

    水の浮力を利用して
    きめ細かい粒子が選定(水簸)

  • 10

    除鉄磁石の筒に入れて、
    金属などの不純物を取り除く

  • 11

    バイブレーションスクリーンにかけて
    沈殿タンクへ

  • 12

    できあがった胡粉を
    杉の板の上に均一に伸ばす

  • 13

    均一に伸ばした状態で
    自然乾燥させる

  • 14

    乾燥後、杉板から胡粉を
    落としていき完成

  • 15

    パッケージに詰めて
    ようやく出荷

原料の選別

1原料の風化

まず原料であるイタボ牡蠣の殻を選別しますが、入荷した殻をいきなり粉砕・・・なんてことはできません。
貝殻を10年・15年もの長い間、野外に積み上げて雨風に晒して「風化」させます。こうすることによって貝殻の有機物が分解され、付着している石や鱗がとれやすくなります。作品制作においては、柔らかく筆に馴染み、格段に塗りやすくなります。また、剥落も起こしにくくなり、長い年月にわたり白さを保ちます。製品になった胡粉には等級があります。ナカガワ胡粉絵具の商品でいうと、「白雪(しらゆき)・白寿(はくじゅ)・金鳳(きんぽう)」の3つです。金鳳が一番高級品とされ、純白の美しい色となっていますが、これらの違いは原料である殻の部分によって決まります。イタボ牡蠣は二枚貝で、身と蓋で形状が異なります。

貝山の様子風化の様子貝殻の風化

2貝殻の研磨と選別

次に十分に風化した貝殻を研磨しますが、1枚1枚磨くわけではなく、【貝車】とよばれる機械に入れ、回します。殻と殻が中でぶつかり合い、表面のゴミなどが除去されるのです。ここでようやく、使用する貝殻を選別します。

貝車選定に向かう貝殻貝車の後の選定

粉砕 I

3ハンマーミルで粗砕

貝殻の粉砕に入っていきますが、粉砕の工程は大きく分けて4段階あります。
まずは【ハンマーミル】という機械で粗砕していきます。この機械の中で、大きなハンマーが凄い勢いで回っています。この段階でだいたい2~3mmくらいの大きさになります。

ハンマーミル

4スタンプミルで細かく粉砕

次に【スタンプミル】(胴尖)で、砕いた殻をさらに細かくしていきます。重さ60kgの棒が14本、大きく上下運動を繰り返し、地面のくぼみに集められている粗砕殻を突き続けます。さながら激しいお餅つき・・・
私の見た目では十分細かく粉砕されているように見えましたが、砕いた物を60メッシュのバイブレーションスクリーンに通し、より粒子の細かいものに振り分けられます。ここからが本番です。

  • スタンプミル - 全体
  • スタンプミル
  • 粉砕後の原料

粉砕 II

5石臼での粉砕

石臼の上からここまでで出来上がった砕かれた殻を流し込み、さらに砕いていきますが、石臼のまわりには水が常に張ってあります。水槽の真ん中に石臼がそびえ立っている状態です。樫の木でつくられたギアが激しく回転し、甑(こしき)の中が攪拌されていきます。その時に石臼の周囲から練られた殻粉が出てきて、水槽に落とされていきます。この工程は、「湿式粉砕」と呼ばれます。

石臼全体石臼の中

6水簸(すいひ)沈殿槽で粒子の選定

この水槽の仕組みを「水簸(すいひ)沈殿槽」と呼びます。水の浮力を利用して、大きな粒子が底に溜り、細かい粒子は水の表面を漂い、その上澄みが次の水槽へと流れていき、きめ細かい粒子が選定されていきます。
※商品名の「水干胡粉」は、この製法の水簸から洒落てつけられたものとされています。

  • 水簸
  • 水簸沈殿槽 - 屋内
  • 水簸沈殿槽 - 屋外

7不純物を取り除く

こうして出来上がった胡粉はさらに除鉄磁石の筒に入れられ、金属などの不純物を取り除き、325メッシュの細かさでバイブレーションスクリーンにかけられ、沈殿タンクにためられていきます。

余談ですが、お茶の葉は「乾式粉砕」といって、石臼で粉砕されていきます。胡粉は「湿式粉砕」ですが、それには理由があります。胡粉は60度以上になると赤く変色してしまうとてもデリケートなもので、冷ましながら砕かないといけません。また、石臼は熱を発生しないのです。茶葉も胡粉も高温にさらすことはできません。(胡粉を塗るのに必要な膠も、60度以上の高温では接着力が落ちます。) 常に高品質の胡粉を作るために、石臼は長い歴史の中でその都度細かい調整がなされています。

板流し〜乾燥を経て完成へ

8板流しによる自然乾燥

最後に杉の板の上に、できあがった胡粉を均一に伸ばし、自然乾燥していきます。これを板流しといい、杉に水分を吸わせながら天日干しをしていき、乾燥に約10日間かかります。 この、胡粉を均一に杉板に塗り広げ、伸ばすという技術は、言葉にするのは簡単ですが、少しでも溜りができたり、ヘラを離すときに山のようなものができてもダメだそうで、実はものすごく難しい技術ということです。しかし均一に伸ばさないと、良い胡粉にはなりません。

板流し天日干し

9完成

乾燥後、杉板の裏側から叩いて、表面の胡粉を落としていき、ようやく完成となります。最初の貝車で研磨する工程から、板流しまではおおよそ2ヶ月程度かかります。

胡粉の魅力

胡粉の「白色」について(取材を終えて)

今回は日本ならではの画材・胡粉を特集しました。京都の宇治にあるナカガワ胡粉絵具様には、 工場見学や、取材において大変お世話になりました。ここに改めて御礼申し上げます。
私個人の話になりますが、今まで「白色」を塗るといえば、ジェッソか絵具を使うくらいしかなく、白という色にあまりこだわりを持っていませんでした。胡粉を実際に塗ってみると、普通の絵具と比べてもぐいっと前面に押し出される白さで印象の違いがハッキリとわかります。それでいて、目に痛くはない温かみをもった色合いです。胡粉は膠を溶き混ぜ、ひと手間もふた手間もかけて初めて絵具として使用できます。よって作業的には時間がかかりますが、その分、色に愛着がわくような気がしました。


芸術の表現方法が多様化し、何を重きにおいて制作するかが問われる中で、画材へのこだわりという意識が、薄れていく傾向があるように思います。 それは個々の制作のスタイルにもよりますが、普段使用している画材をより詳しく知ることは、同時に、自分の物づくりのルーツを探ることにつながるのではと考えています。

胡粉の魅力